北部山岳地帯の少数民族の祭祀・礼拝用の絵

山崎  こんにちは、山崎千佳子です。 

ソン  こんにちは、ソンです。今日のハノイ便りは、ベトナム北部の山岳地帯に住む少数民族の祭祀・礼拝用の絵についてお伝えします。

山崎 版画シリーズはひとまず終了ですね。でも、礼拝用の絵というと、そういう用途の版画をご紹介しましたね。

ソン はい。今日ご紹介するのは絵ですが、これまでハノイ便りで話題にしてきた版画と関係があるんですよ。

山崎 え?どんなつながりでしょう?

ソン 順を追って、お話しますね。まず、今日の話題、礼拝用の絵を持つ少数民族は、タイー族、ヌン族、ザオ族、サンチ族、サンジウ族など10ぐらいあります。

北部山岳地帯の少数民族の祭祀・礼拝用の絵 - ảnh 1
タイー族の礼拝用の絵

山崎 タイー族とザオ族は聞いたことがありますが、他はわかりません。ベトナムは54の民族で構成されているんですよね?

ソン はい。その中で、北部山岳地帯に住んで祭祀・礼拝用の絵を持っているのが先ほど挙げた10ぐらいの民族です。

山崎 それぞれの少数民族の伝統的なものですか?

ソン 仏教や道教から影響を受けているものです。もちろん、各少数民族の文化や習慣に密接につながっていて、それぞれの信仰や価値観などを示していると言われています。

山崎 というと、みんな同じではないんですね?

ソン そうなんです。おのおのの民族の絵は、描き方、色、サイズ、内容などが異なります。礼拝用の絵が一番多いのは、タイー族とザオ族です。

山崎 あ、ちょうど私が知っている民族2つですね。少数民族の祭祀・礼拝用の絵を研究している画家、グエン・マイン・ドクさんの話です。

(テープ)

「これらの絵は、亡くなった人が無事にあの世に行けるように、また死んだ後に魂がさまよわないようにするにはどうすればよいかということを教えてくれています。絵は大体2種類に分けられます。一つは人が日々どのような生活を送るべきか、もう一つは生前悪事を働いた人間は死後の世界でも恐ろしい罰が待っているという教訓を表すものです。」

山崎 お手本と戒めですね。礼拝用の絵ということは、とても大事なものなんでしょうね。

ソン はい。少数民族の人にとっては、貴重な財産です。こういった絵は毎日かけてあるわけではないんですよ。

山崎 え?ずっと、一年中かと思っていました。特別な日だけ、とかですか?

ソン そうなんです。儀式のある日にしか、かけられません。また、儀式によって絵も変わります。

北部山岳地帯の少数民族の祭祀・礼拝用の絵 - ảnh 2
ザオ族の礼拝用の絵

山崎 細かいんですね。例えばどんなものがありますか?

ソン 「花を拝む」というタイー族の絵は、安産を祈る儀式で使われます。サンチ族には「神農」という絵がありますが、それは作物の栽培を始める儀式に欠かせないものです。

山崎 神農は、神様の神に農業の農、と書きますね。人々に農業を教えたという古代中国の帝王の一人ですね。

ソン そうです。葬式では、あの世を描く絵がよく使われ、死んだ人が成仏できるようにという願いを込めます。

山崎 わかりやすいですね。再び、礼拝用の絵を研究している画家、グエン・マイン・ドクさんの話です。

(テープ)

「この類の絵は、家の装飾品ではありません。祭祀や礼拝のみに使われます。葬式や村の儀式などです。毎日壁にかけられるものではないのですが、そこには生活感が感じられます。線香の灰や油の跡などが、絵について残るからです。飾り物の絵は破れたりすれば捨ててしまいますが、礼拝用の絵が破れれば補修して大事に使います。これも、特徴の一つです。」

山崎 お祈りに使うということは、神様も描かれているんですか?

ソン はい。絵の内容もさまざまですが、やはり、お釈迦様や神様を描く宗教的な絵が一番多いです。そのほか、雲、雨、雷など自然がモチーフのものもありますが、それぞれ意味があります。

山崎 例えば、どんなものでしょう?

ソン 道教や民間信仰で最高神、最高の神とされている玉皇上帝(ぎょくこうじょうてい)を招くためには、天国のような世界を描かなければなりません。仏様を祀るためには、仏教の世界を描く絵が重要です。水中の世界には竜の神様、というようにです。

山崎 なるほど。それぞれ自分が求めるもの、神様に見合うような絵が必要なんですね。

ソン そうです。絵は神聖な場所を作り出すためのものなんです。

山崎 礼拝用の絵の目的がわかりました。

ソン それから、形にも特徴があります。サイズは絵によって様々ですが、縦は横の3倍ぐらいあって、縦に細長い絵が多くなっています。

山崎 最初にソンさんが、これまでハノイ便りで紹介してきた版画と今日の話題は関係があると言ってましたが、何でしょう?

ソン はい。ハノイのハンチョン版画は、祭祀・礼拝用の絵や裕福層向けの花鳥画として知られていると先々週ご紹介しました。

山崎 そうですね。今日の少数民族の礼拝用の絵とは違うんですよね?

ソン いえ。実は、ハンチョン版画はハノイから北部の山岳地帯に運ばれて、少数民族の人にたくさん売られたんです。

山崎 ええ?じゃあ、それを買った少数民族の人もハンチョン版画を礼拝用に使っていたんですか?

ソン そうなんです。

山崎 これは興味深い話です。先ほども話を聞いたグエン・マイン・ドクさんが説明してくれています。

(テープ)

「山岳地帯の少数民族の祭祀・礼拝用の絵は、ハンチョン版画から生まれたと言えます。かつて、多くのハンチョン版画が少数民族の居住地で売られて、中でもタイー族が大量に購入しました。彼らが礼拝用に使っているのは、ハンチョン版画の他に、少数民族の人が描いた絵です。ハンチョン版画をもとに、地元の材料を使って絵を描いたんです。ハンチョン版画と技術的なレベルは違いますが、素朴でその土地ならではの絵となっています。」

山崎 ハンチョン版画を見て、描いていたんですね。ハンチョン版画が少数民族の人達に礼拝用の絵として愛用される理由について、ハンチョン版画職人(レー・ディン・ギエンさん)はこのように話しています。

(テープ)

「筆をちょっと強く押しながら1本の線を横に描くだけで、お釈迦様の笑顔を表現することができます。そして、版木で印刷された線を薄くすることによって、お釈迦様の表情をさらに柔らかくすることができるんです。これは、ハンチョン版画だけの技術です。ベトナムの他の地域にも、韓国、中国、日本にもない技術です。」

山崎 ハンチョン版画、すごいですね。だから、少数民族の人たちも心惹かれたんでしょうね。

ソン そうですね。それをもとに自分達で描いた礼拝用の絵は、ちょっとぎこちない感じもするそうですが、そこには魂を感じるということです。そして、絵を描く時には、幾つかのルールがあるそうなんです。

山崎 どんな決まりなんでしょう?再び、この礼拝用の絵に詳しい画家、グエン・マイン・ドクさんの話です。

(テープ)

「祭祀・礼拝用の絵を描く人は、まず、よく描ける人でなければなりません。絵を描く前には、家族と離れて数日間別のところで過ごします。この絵を描くためには、潔白ということが大事で、他のことを考えてはだめです。ある意味、儀式で、いくつかの決まり事を守らなければなりません。」

山崎 それだけのことをして描く絵ですから、それを使う人にとっては、とても神聖で重要な存在になっているんでしょうね。ハンチョン版画がもとになっているというのも驚きでした。では、おしまいに一曲お送りしましょう。

(曲)

「~」をお送りしました。

今日のハノイ便りは、ベトナム北部山岳地帯に住む少数民族の祭祀・礼拝用の絵についてお伝えしました。それでは、今日はこのへんで。


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