4月8日の音楽散歩道




ご機嫌、いかがですか、皆さん、

今日のこの時間は「ベトナムの声・音楽の道のり」という新しい音楽番組をお送りたいと思います。

第2次世界大戦の後にホーチミン主席がベトナム民主共和国を生誕させる独立宣言を読み上げた直後の1945年9月7日、ベトナム声放送局が初めての声でした「こちらはベトナムの声放送局です。この放送はベトナム民主共和国の首都ハノイからお送りしています」というのが第一声でした。
ベトナムの声放送局は1945年9月からの69年間にわたり、二つの戦争と平和時代における国の発展事業を描いた様々なニュースを伝えるだけでなく、数多くの音楽番組もお送りして来ました。
ファムトゥエン(pham tuyen),ドニユアン(do nhuan)、バンカオ(van cao)、ホァンバン(hoang van)などの著名な作曲家らによる音楽作品も紹介してきました。現在、音楽、情報、娯楽番組は全国のリスナーにとって馴染み深いものとなっています。

音楽、情報、娯楽放送番組編集部VOV3チャンネルのチャンニャットスォン副部長は次のように語っています(テープ)

「音楽、情報、娯楽放送番組編集部―VOV3チャンネルが現在のような大きな発展に達成するため、とりあえず当放送局の初代総裁、チャンラム氏を忘れることができません。当時、彼はニュース放送番組を製作するほか、ラジオに音楽を盛り込みました。特に、音楽作品を放送開始のオープニングソングを選びました。この曲はベトナムの声を宣言するかのように流れました。当時に作られた有名な歌の中で、「ベトナムの戦士」、「進軍歌」、「ファシストを殲滅しよう」が提出されましたがやがて作曲家グェンディンティの作曲家による「ファシストを殲滅しよう」がオープニングソングに選ばれました」

4月8日の音楽散歩道 - ảnh 1
作曲家グェンディンティ

でははじめに「ファシストを殲滅しよう」(diet phat xit)をどうぞ。

この歌の内容は次のように歌っています。

「長い間、帝国主義者の支配により、ベトナム国民は多くの苦しみに耐えてきた

ファシストは我が国の米を奪い、監獄やら収容所を建設したりした。

同胞よ、剣を手にして立ち上がり

報復する日が来た

ファシストとその卑しむべき、犬の群れを殲滅 させよう

民主共和へ進む

金星紅旗の下に、独立と幸福を取戻そう

老少・男女を問わず、肩を並べ

銃と剣を持ち、敵を殲滅しに進もう

数千年の愛するベトナム

ベトナム万歳」

ベトナム歴史を振り返るならば、1940年代に日本のファシストは仏印進駐しました。1945年3月9日に、日本軍はフランス植民地の主義者から政権奪取しました。こうした背景のなかで、ベトナム共産党の呼びかけに応じた革命運動は全国各地に繰り広がりました。ベトナム独立宣言によりますと、2百万人が飢餓状態だとされていますが決して、勝利獲得へと向かいました。そういう時代の中から、「ファシストを殲滅しよう」という歌が生まれました。

「ファシストを殲滅しよう」のメロディー

1945年9月7日11時30分にラジオで、「ファシストを殲滅しよう」のメロディーが初めてベトナムの国中に響き渡りました。先ほどのチャンニャットスォン副部長は次のように語ってくれました(テープ)

「当日のラジオの放送は生中継でしたので。ベトナム救国グループの若手女性ボランティアの10人がこの歌を合唱しました。その後、当放送局の男性アナウンサーグェンバンニャットさんはベトナム共和国の宣言を読んで録音しました。その後、1時間にわたるニュース番組と音楽番組が流れました」

あれから69年、ファシストを殲滅しよう」のメロディーは今日なお、生き続けており、毎日、ベトナム国民をはじめ、全世界のリスナーの皆さんのお馴染みメロディーとなっていることでしょう。

現在、ベトナムは平和時代になりましたがベトナム声の放送局の指導部はこのオープニングソングを変えることなく続けることを決定しました。それはこの歌が当放送局の開局当時の原点を伝えるものであり、新しいファシズムを防止する意味が込められています。では最後にもう一度「ファシストを殲滅しよう」をお聞きいただきましょう。

いかがでしたか、皆さん、音楽道のりを通じての当放送局の歴史物語はこれで終わらせていただきます。
また来週お会いしましょう。

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