(VOVWORLD) - リスナーの皆さんから寄せられたお便りを音楽と共にお送りするおしゃべりタイムの時間です。
ゴック こんにちは、ゴックです。
アン こんにちは、アンです。
ゴック アンさん、先週末から、ベトナム国内では、ベトナム・日本外交関係樹立記念日を祝う活動が本格化しましたね。
文化祭での樽割りのセレモニー(写真:VNA) |
アン そうですね。1月26日夜から28日まで、ホーチミン市第1区の「9月23日」公園では、「手をつないで」をテーマにした第5回ベトナム・日本文化祭が行われましたが、これは9月21日のベトナム・日本国交樹立記念日45周年を祝う活動の幕開けと見られています。
ゴック 開催場所は「展示ブース」や、「舞台」という2つのエリアに分けられました。「展示ブース」では、日本の有名な観光地を紹介するコーナーや、飲食文化コーナーが設けられました。
アン 「舞台」エリアでは文芸公演や、日本とベトナムのアーティストらによる交流会などが行われ、日本のポップスや、盆踊りなどを含め、両国の音楽と舞踊を紹介しましたね。
ゴック この文化祭は市民の特別な注目を集めましたね。では、お便りを紹介しましょうか。初めに東京都、東久留米市のほそや・まさお・さんからのメールです。
― あけましておめでとうございます。遅ればせながら、新年のご挨拶を申し上げます。本年も、よろしくお願い申し上げます。さて、17日のニュースの時間および18日の「おしゃべりタイム」では、30名の日本人リスナーがVOVを訪問して、交流会が行われたことが紹介され、興味深く聴きました。私は、ベトナム戦争の当時は学生でしたので、大きな関心を持って日々の新聞やテレビの報道を見ておりましたが、この時期はBCLを中断していたため、ベトナムの声放送は聴いておりませんでした。
今回VOVを訪問された方々は、どのような形でグループを維持していらっしゃるのか、ホームページなどは開設していらっしゃるのか、差支えのない範囲でご紹介いただければ有難いです。と書いてくださいました。
アン ほそやさん、ありがとうございます。ほそやさんからのご質問についてですが、これは旅行会社が募集した人たちです。詳細は、今、そのグループに聞いています。お待ちくださいね。次に、兵庫県、姫路市のラジオネームM4さんのお便りです。
― 世の中はクリスマスムード満点ですが、子供たちも成人して家から居なくなると、クリスマスに対する興味も関心も薄れてしまいました。今日はクリスマスとは何の関係もありませんが、県内のお寺の参拝に行ってきました。休日とは云え、真冬のオフシーズンで参拝者も少な目でした。ところで、ベトナムの正月と云えば、所謂中華圏同様の旧正月を祝うのでしょう。1月1日を挟んだ「正月」はどんなイベントがあるのでしょうか?多分、この郵便が到着するのは2018年になってからだと思いますが、どんな正月だったかでも、ご紹介いただければ幸いです。とのお便りでした。
ゴック M4さん、お便りありがとうございます。M4さんからのご質問についてですが、ベトナム人は世界の人々とともに、毎年、新暦1月1日のお正月も迎えますが、一年中の行事の中に、一番重要なのは旧暦1月1日の伝統的お正月テトです。
アン そうですね。そして、M4さんがおっしゃるように、これは中華圏文化の1つですね。元日に行われるイベントは各地方の習慣によってちょっと違いますが、似るところがあります。
ゴック そうですね。元日は、人々は外出せず、家にいて、家族だけで、伝統的料理を食べるという過ごし方をします。テトのおせち料理として欠かせないバインチュンや、鶏など美味しい料理を作って、祖先や、神様に供養してから家族全員で食べるのが一般的ですね。
アン これは、「Com nam moi」、日本語で、「年始の食事」と呼ばれます。「Com nam moi」は、大晦日にする「Com tat nien」つまり「年末の食事」とともに、欠かせないものです。
ゴック はい。また、「Com nam moi」を食べてから、祖父母と両親をはじめ親戚や、自らの先生、隣の人々、親友の元を訪れ、テトお祝いの言葉を述べることも一般的ですね。
アン そうですね。M4さん、ベトナム人のテトを楽しむ習慣を紹介する多くの記事はこの日本語放送のHPにも掲載されていますので、HPの「正月テト」のコーナーにアクセスすれば、読めます。どうぞご覧下さい。
ゴック 続いて、おおたに・みつひろ・さんから1月18日、日本語ホームページに寄せられたコメントをご紹介します。
― こんばんは。 ファン・ボイ・チャウが日本に漂着して日本人と交流を持つお話は近年日本でテレビドラマにもなりましたね。当時、小生もテレビで見まして、日本人に命を助けられ、親切にしてもらったけれども、日本がすでにフランスと国交があったために、「ベトナム人に武器の供与はできない」と断られてもなおベトナム独立の方法を模索された人としてホーチミンと並ぶ愛国者であったことに感動しました。 他にも、日本軍が1945年8月15日に武装解除されたのち、ベトナムに残った一部の日本人はすぐに帰国せず、中国やソ連が軍事的な支援をするようになるまではベトナム人に協力してフランスとの戦いでフランス軍を苦戦させたという話があったことも聞いています。何かの折にベトナム独立に命をささげた日本人たちのことも 取り上げてください。
アン おおたにさん、ありがとうございます。おおたにさんのリクエストについてですが、検討します。近いうちに、ベトナムの独立に命をささげた日本人の貢献を紹介するように検討したいと思います。次に、あきば・たかこ・さんから1月21日、日本語ホームページに寄せられたコメントです。
―「青い空は」交流の旅で、先日VOVに伺いました。楽しい交流会をありがとうございました。ビデオや写真もアップしていただいて、ありがとうございました。「青い空は」の他にもいくつか歌ったのですが、どの曲もベトナムに思いを寄せて大西先生が作られて皆で歌ったので、是非歌詞をベトナム語に訳して聞いてほしいと思ってメールしました。言葉の壁は大きいですが、気持ちは通じるものだと思っています。では、ベトナムとVOVの発展を願って。との内容でした。
ゴック あきばさん、ありがとうございます。私たちも感動しました。そして、交流会に参加したVOVのスタッフ全員も感動しましたよ。
アン そうですね。特に、総裁と副総裁は会議があったので、参加できませんでしたが、あとて、「残念だった」と。その画像を見て、高く評価しましたよ。また、「その肉声テープと動画をVOVの貴重な資料として保存してください」と指示しました。
ゴック ところで、あきばさんは、ビデオを見たそうですが、これは「メディア」コーナーに掲載された長さ5分5秒のものかもしれませんね。私たちはその後、「ビデオ」コーナーにも長さ14分1秒の動画もアップし、交流会の様子をより詳しく伝えていますので、是非ご覧くださいね。HPの「ビデオ」コーナーにクリックすれば見られます。
アン はい。今週もたくさんの方からメッセージを頂きました。ありがとうございます。最後に、お名前だけでもご紹介します。
・ 北海道札幌市の・あべ・まこと・さん
・ 千葉県千葉市の・とみた・としあき・さん
・ 東京都西東京市の・はやし・としあき・さん
・ 東京都いたばし区の・おかむら・りょう・さん
・ 神奈川県かわさき市の・おいかわ・かずあき・さん
・ 新潟県新潟市の・石黒・隆・さん
・ 石川県かなざわ市の・おおくち・たかし・さん
・ 長野県長野市のたかとう・ひでゆき・さん
・ 岐阜県みの市の・ひらの・せいいち・さん
・ 神奈川県、ふじさわ市の・あずみ・きんや・さん
・ 三重県四日市市の・あさの・よしたか・さんかながwかえん
・ 三重県つ市の・やまなか・たかふみ・さん
・ 大阪府大阪市の・たかはし・せいじ・さん
・ 兵庫県神戸市の・なかやま・こうじ・さん
・ 沖縄県なご市の・なかむら・しょうじ・さん
・ 台湾在住のそう・みえこさん