山崎 こんにちは、山崎千佳子です。
ソン こんにちは、ソンです。先々週のハノイ便りでは、ドンホー版画についてお伝えしました。
山崎 はい。ハノイ近郊にあるドンホー村に伝わる木版画ですね。
ソン そうです。ベトナムには他にもいくつか木版画を制作している地域があるんです。今日のハノイ便りは、ハンチョン版画をご紹介しましょう。
山崎 ハンチョン版画。初めて聞きました。
ソン そうですね。ドンホー版画は有名なんですが、ハンチョン版画は外国人にはあまり知られていないかもしれません。そして残念ながら、ハンチョン版画はなくなってしまうかもしれないんです。
山崎 ええ?そうなんですか?
ソン そうなんです。少し、ハンチョン版画の歴史をお話しします。まず、ハンチョンというのは、現在のハノイ中心部にある旧市街の通りの名前です。
山崎 なるほど。どこかで聞いた名前だと思いました。ハンチョン通りですね。
ソン はい。そこで制作された版画がハンチョン版画と呼ばれています。
山崎 ハノイ旧市街は「ハン」から始まる通りが多いというのは、前にもお伝えしましたね。ハンの後に来る言葉で、何を売っている通りなのかわかるということでした。
ソン そうです。ハンチョンのチョンは太鼓で、昔は太鼓や日傘などを生産していたところでした。その中で、民間大衆画、絵も発展していきました。
山崎 ドンホー版画は16世紀頃からあると言われていますけど、ハンチョン版画はいつ頃からですか?
ソン 17世紀からあると言われています。19世紀末から20世紀の半ばまで、版画の制作が最も盛んだったそうです。当時、旧正月のテトには、ハノイ市内のどの家にもハンチョン版画が飾られていたということです。
山崎 へえ。大人気だったんですね。ドンホー版画も縁起物として飾られていたと、先々週、お伝えしましたけど、ハノイではハンチョン版画だったんですね。同じ木版画ですが、この2つの違いは何でしょう?
ソン まず、共通点としては、中国文化の影響を受けていて、かつベトナム独自のものをテーマにしているということです。色彩的にも豊かです。材料は、手すきの紙と色の原料は天然素材を使っています。
山崎 共通している特徴も多いんですね。違うのは?
ソン 一言でいうと、ドンホー版画は農民派、ハンチョン版画は都市派だと言われています。色味も少し違います。
山崎 なるほど。素朴な感じとおしゃれな雰囲気という具合でしょうか。
ソン そうですね。ドンホー版画は、農閑期に旧正月のテト用の飾り絵として、農民が制作に取り組んだものです。一方でハンチョン版画は、祭祀・礼拝用の絵や裕福層向けの花鳥画として作られてきました。
山崎 テーマも違うんですね。
ソン はい。日常生活をモチーフとしたドンホー版画は、故事、昔あった事柄や民話などがテーマになっています。ハンチョン版画の方は、神社にある虎の絵が有名で、その他、鯉など魚や花鳥画が多くなっています。
山崎 これもわかりやすいですね。色味の違いはどうですか?
ソン ドンホー版画は、多色刷りです。いくつかの版木、木版に色を付けて制作します。ハンチョン版画は、絵の輪郭、線を木版画で印刷した後にその中を色付けします。
山崎 絵画的な手法ですね。後から色を付けられると、カラフルになりますね。
ソン そうなんです。加えて、ハンチョン版画は、サイズが大きなものもあって、絵が2つや4つのセットのものもあるんです。
山崎 印象としては、繊細なハンチョン版画と力強いドンホー版画ですね。
ソン そうですね。印刷の仕方もちょっと違うんですよ。ドンホー版画は、1枚の紙に印刷しますが、ハンチョン版画は少し違うんです。
山崎 1枚じゃないんですか?
ソン 1枚の時もありますが、紙が複数になっているものが多いんです。
山崎 どういうことでしょう?
ソン ハンチョン版画の唯一の職人、66歳のレー・ディン・ギエンさんによりますと、まず1枚目の紙に印刷した後、裏打ちするんだそうです。
山崎 裏打ち。紙を補強するんですね。
ソン そうです。米などから作った糊で、印刷した紙の裏に更に1、2枚、別の紙を貼ります。糊が乾燥したら、また同じものを再度印刷するんだそうです。
レー・ディン・ギエンさん
山崎 なるほど。いろいろ工夫があるんですね。ギエンさんの話です。
(テープ)
「裏打ちして補強する作業はとても重要です。これで絵の美しさが決まるからです。ハンチョン版画で使う紙は薄いので、それを2、3層にすると印刷しやすくなります。数十年経って修復作業をする時にもいいんです。」
山崎 版木で印刷するだけではないとなると、それだけ時間もかかりますね。
ソン はい。3、4日かかるそうです。
山崎 やはり手間暇がかかっているいいものだから、縁起物として昔はどこの家にもあったのかもしれませんね。
ソン そうですね。ハンチョン版画はかつて、ハノイでは家の祭壇の飾り物として欠かせませんでした。ハノイ市民の女性(レー・ティ・マイ)の話です。
(テープ)
「母はハンチョン版画が大好きで、いつも祭壇の両側にクジャクと鯉の2つの絵をかけていました。クジャクの絵は、女性を象徴するもので、家族の幸せや高尚さを示します。鯉は、男性を表していて、竜門を登りきった鯉は竜になれるという言い伝えから、成功を願う版画なんです。」
ソン しかし、現在では、ハンチョン版画が見られるところは博物館以外、あまりないんです。
山崎 ハンチョン版画を持っている一般家庭はなくなってしまったんですか?
ソン ないとは言えませんが、ごく少数です。ですが、この版画を大切に思っている人もまだまだいます。
山崎 そのうちの一人、ハノイに住む男性(レー・ビック)はこう話します。
「ハンチョン版画はハノイ市民の本質を表すものの一つだと思います。この版画をよく調べると、誰もが簡単にできるものではないくらい、制作が難しいことがわかります。だから、その技術を身につけられる人は少ないんです。ギエンさんのようなプロの職人は、数十年の経験があるのでできますが、難しいです。ハンチョン版画は、他の版画より高い技術が必要だと思います。」
山崎 ハンチョン版画について、ギエンさんが話しています。
(テープ)
「うちは、代々、この版画制作に携わっています。先代の話によると、ハンチョン通りとその周辺で、版画で生計を立てていた人は結構いたものの、戦争などの影響で、続けられる家がだんだん少なくなったそうです。うちは今のところ、私の代まで続けていますが、この先はわかりません。でもこれからも、できるだけハンチョン版画の保存に取り組んでいきたいと思っています。」
山崎 今現在は、ギエンさんの後継者はいないんですね?
ソン そうなんです。ハノイ伝統のハンチョン版画が消えてなくならないように、後を継ぐ人が早く出てきてほしいです。
山崎 志ある人が見つかるといいですね。では、おしまいに一曲お送りしましょう。「~」です。
(曲)
「~」をお送りしました。
今日のハノイ便りは、ハンチョン版画についてお伝えしました。それでは、今日はこのへんで。