(VOVWORLD) - 58歳のアンドレアさんがフエ遺跡と縁ができたのは、2003年のことでした。
ホアイ こんにちは、ホアイです。
ソン こんにちは、ソンです。テトから約3週間ですが、今年は暖かい日が続いています。さて、今日のこの時間は、ベトナム中部古都フエ市の遺産の保存に大きく貢献しているドイツ人専門家アンドレア・テウフルさんについてお伝えしましょうか。
ホアイ はい。世界遺産古都フエの宮廷遺跡は世界的にも有名な観光地ですから、これまで何回も紹介しましたが、この遺産について簡単におさらいしておきましょうか。
フエの遺跡 |
ソン はい。ベトナム中部にある古都フエはトアティンフエ省の省都で、19世紀から20世紀にかけて、ベトナムに存在していたグエン朝の都として栄えていましたね。
ホアイ そうですね。現在、古都フエには王宮、陵墓、庭園付きの家屋、食文化、宮廷音楽、伝統的文化など有形無形文化遺産が豊富に保存されています。
ソン 古都フエの文化遺産の中に、最も重要なのはフエに点在する遺跡群です。この遺跡群は1993年、ユネスコ=国連教育科学文化機関により、世界文化遺産として認定されました。その他、古都フエにかかわる他の4つの遺産もユネスコの無形文化遺産として認定されました。
ホアイ その中で、宮廷音楽ニャーニャック(雅楽)が世界無形文化遺産に登録された他、グエン王朝の木版が世界記憶遺産に、そして、フエ宮廷建築物に刻まれた詩歌と文学作品がユネスコ記憶遺産に認定されました。
ソン フエは1802年から1945年までの期間においてベトナムの最後の王朝グエン朝の都として、多くの王宮や、陵墓、劇場、寺院、神社などが建設されました。その中には、戦争で破壊されたものもありますが、そのほとんどは大切に保たれています。
ホアイ これらの建築物からなる遺跡群の中には1805年にミンマン(明命)王が建設した王宮が代表的な見所です。200年もの歳月を経た今もなお、この王宮には140の施設が昔のまま保存されています。フエ市内を流れるフォン川(香河)の北岸に位置する王宮の総面積は500ヘクタールで、周囲は10キロメートル、高さ5mの城壁で囲み、外側には内堀がめぐらされています。門は四方に一つずつあり、南を午門(ゴモンNgo Mon)といい、王様だけがこのゴモンを利用できました。
ソン 王宮の中央には阮朝の政治の中心となっていた太和殿が建ち、太和殿の後方には塀で囲まれた紫禁城が置かれています。太和殿の屋根、柱、玉座には皇帝のシンボルである龍が刻まれています。
アンドレアさん(右) |
ホアイ 王様の住居である王宮に対し、陵墓も立派に建設されました。グェン王朝の歴代の帝廟は王城の西側にあり、フォン川の両岸に位置しています。これらの廟はベトナム独特の建築様式を持ち、それぞれの王様の性格を表わしています。初代皇帝ザーロン帝廟はひとつの山がまるまる陵墓となり壮大な造りとなっています。
ソン 各皇帝の廟の中には、ミンマン王が自ら設計した陵墓は、芸術性に優れた中国式庭園で、最も有名です。そして、トゥドック王の陵墓は1864年から3年かけて建てられ、ミンマン帝以上に中国と密接な関係を持っていたことを現すよう、陵墓の中心に大きな蓮の池を配置した風雅な中国風庭園建築が見所です。そのほか敷地内には住居やお寺を建てて、生前から別荘として愛用していたそうです。
ホアイ 200~300年の歴史を持つこれらの遺跡の保存はとても重要な課題ですね。
ソン はい。その保存事業は、日本、韓国、ドイツ、ポーランドなどから大きな支援を受けています。その中で、ドイツ人専門家アンドレア・テウフルさんはこの15年間、壁画回復の専門家としてフエ遺跡の壁画の回復に大きく貢献しています。
ベトナム人画家と一緒に遺跡の保存に取り組んでいるアンドレアさん |
ホアイ 58歳のアンドレアさんがフエ遺跡と縁ができたのは、2003年のことでした。その時、在ベトナムドイツ大使館は、アンディン廟の壁画回復プロジェクトを支援することにしました。当時、ドイツにいた彼女はプロジェクトの専門家募集広告を知り応募して、初めてフエ市に来ましたね。
ソン プロジェクトの目的は、アンディン廟のホールに描かれた6つのヨーロッパ風の壁画を回復することでした。アンドレアさんは、ドイツの先進的な回復技術を利用しながら、ベトナムの熱帯気候に耐えられるように、いろいろな工夫をしてフエの遺跡に適する技術を作り出しました。
ホアイ 彼女は、ベトナム人画家15人を選んで、その技術をはじめ、壁画回復に関するすべての知識を彼らに教えました。15年後、これらの画家は、ベテランの壁画家として有名になっています。画家の一人レ・フォック・タンさんの話です。
(テープ)
「アンドレアさんは、フエの遺跡が大好きです。時間がたつにつれて遺跡の壁画が老朽する様子をみて我慢できなかった彼女は、フエ市に住んでここの壁画の保存・回復に残りの人生をささげることにしました。彼女の知識は、遺産の壁画の保存・回復を担当する人材の育成に役立っています。」
ホアイ アンドレアさんは、ドイツにある家を売って、フエ市で小さい家を買いました。彼女の家は、フエ遺跡の保存事業の専門家にとって集いの場所となっています。
アンドレアさんが回復した壁画 |
ソン アンドレアさんにとって、フエは第2の故郷となって、フエ遺跡の壁画回復は、最も意味深い仕事となっています。アンドレアさんの話です。
(テープ)
「この15年間、フエに住んでいますが、ここの遺跡について触るならば、何となくもっと知りたいなぁという感じがします。ここの遺跡は独特で素晴らしい作品だと言えます。私が少しずつ回復した壁画を見るたびに、その素晴らしさの維持に貢献することができて、誇りに思います。」
ソン 古都フエ遺跡保存センターのファン・タイン・ハイ所長によりますと、この15年間、アンドレアさんは、フエの5か所の遺跡にある壁画を回復し、壁画に元々の美しさを戻しました。これより重要なのは、壁画回復の人材育成に大きく貢献したとしています。
ホアイ アンドレアさんの指導の下、ベトナム人画家は遺跡の壁画の多くを完全に回復することができました。古都フエ遺跡保存センターのハイ所長は次のように話しました。
(テープ)
「回復プロジェクトを通じて、ベトナム人画家は、アンドレアさんの直接指導を受けて多くの知識やスキルを身につけました。また、彼らは、フエ遺跡の壁画の回復に適する技術の研究をし、成功しました。」
ホアイ アンドレアさんとベトナム人画家のような専門家の努力により、フエの世界遺産は昔ながらの美しさを保つことでしょうね。ではおしまいに、一曲お送りしましょう。
(曲)
「 」をお送りしました。今日のハノイ便りは、中部古都フエ市の遺産の保存に大きく貢献しているドイツ人専門家アンドレアさんについてお伝えしました。それでは、今日はこのへんで。