(VOVWORLD) - 今日のこの時間は新潟県上越市の今井靖さんからのエッセイをご紹介します。
ベトナムジッポー、ベトコン、ピューリッツァー賞受賞カメラマンである沢田教一の写真の数々、ベ平連、ベトちゃんドクちゃん、ソンミ村、つまり私の知るベトナムと云えば、大国アメリカを向こうに廻した戦争を想起するものばかり、それ以外で知っている事なら、アオザイ、ベトナムの足としてホンダのバイクが大人気であること、かつてベトナムには日本人村があったと教科書で学んだ事、代表的な食事はフォー、ドイモイ政策。思い出した!世界の革命家を紹介する本の中で、ホーチミン氏につけられた副題「民衆より敬愛と親しみを込めてホーおじさんと呼ばれる」を見て、他の革命家達とは全く印象が違うなあ、と感じた事。ハノイとホーチミンの都市名だけは覚えているが、それが何処にあるのか判らぬし、また判る必要も無かった。但し、VOV日本語放送の存在を知るまでは。
今ではハノイもホーチミンも指で示す事が出来るし、ダナンやハイフォン、ホイアン、ドンホー村やバッチャン村の場所だって人に教えられる。ベトナムには54の民族が共存しているし、美女が多いのもVOVのホームページから教えてもらった。火を吹く橋なんて信じられ無いぐらいかっこいい。ベトナム料理を口にした経験はまだ一度も無いのだが、隣の県に有名なベトナム料理店があると知り、何としても行かねばならぬとその気になっている。嗚呼、ベトナムフェスタが新潟でも開催されれば良いのになあ・・・。そして今「越日国交樹立45周年記念」エッセイに応募する私がここにいる。
海と山に挟まれるせまい土地に住む悲しさ、地元FM局の電波すらクリアに受信出来無い状況を何とかしようと、40年以上前に発売されたラジオを手に入れた。その驚くべき性能は私の不満を充分に解消してくれたが、問題はSW。SWって短波だっけ?海外からの放送はこれで聴くのでは無かったかな?夜にゆっくりとダイヤルを廻せば、唐突に日本語が浮かび上がってはまたすぐと消えてしまう。今では数少なくなったという海外日本語放送をキャッチした瞬間だ。その中に貴局があった。日本の小さな片田舎に届くハノイからの電波。
縁の繋がるきっかけなど、まことに神のみぞ知る、と思わずにはとてもいられないのである。