文廟・国子監の敷地に長衣を身にまとって、頭に伝統的な帽子をかぶり、朱色の紙と墨を並べる低い机の前に座る書道家の姿は、ハノイの人々にとって、春の訪れとともに、馴染み深い光景となっています。ドンダ区に住んでいるグエン・クオンさんは次のように話しました。

（テープ）

「60年以上前に、祖母は私を文廟に面したホー・ヴァンという名の小さな公園に連れてきて、文字を求めたことを覚えています。春が来るたび、私はいつも胸が躍っていました。文廟の町で生まれ育った私は、あちこちから人々が『書』を求めに来る様子をよく目にしていました」

文字は通常、赤い紙の上に書かれます。赤は最も鮮やかな色であり、今日まで伝わっている東洋の伝統的な観念によれば、生命と再生の色、幸運の象徴とされています。

「書」を求める人々は、年齢、階層、職業を問わず様々です。一つ一つの文字は、それぞれの人、状況、仕事に応じて与えられ、心の内なる願い、思い、理想や特定の概念を表現します。人々は主に、「福（幸福）」、「禄（繁栄）」、「寿（長寿）」、「安康（安泰）」、「吉祥（吉兆）」、「如意（思い通り）」などの文字を求め、家族や子孫の平安を祈ります。商売する人々は、「発（繁栄）」、「禄（幸運）」、「財（富）」、「旺（繁栄）」などの文字を求め、円滑なビジネスとその発展を願います。

（テープ）

（女性）「私にとって、ベトナム人の『書』を求める習慣は、精神的に非常に大きな意味があります。私は家族全員の平安、幸福、健康を願って、『安（平安）』の字を求めにきました」 

（男性）「新年に『書』を求める風習は、本当に素晴らしいと思います。みんな『財（才能）』、『禄（幸運）』、『志（意志）』、『学（学問）』などの文字を求めています。これは継承すべき文化的伝統です」

若い世代は、人生の困難を乗り越え、目標を達成する強い意志を込めて、「志（意志）」「成（成功）」「達（達成）」「得（獲得）」「忍（忍耐）」などの文字を求める傾向があります。 

（女性）「友人たちと一緒に文廟・国子監に行き、『書』を求めました。今年は『仁義（人間性と道徳）』の文字を求めます。これは他者に気遣いをし、困難な人々を助け、すべての人と良好な関係を築く方法です」 

（女性）「『志（意志）』の文字を求め、今年の最も重要な目標である大学卒業を願っています。優秀な成績で卒業し、将来、成功を収めたいと思います」

両親たちは子どものために、「学（学問）」、「孝（親孝行）」、「礼（礼儀）」、「義（道徳）」、「進（進歩）」などの文字を求めます。これは、子どもたちが将来、家族に孝行な子供として成長し、社会に貢献する良き市民になることへの希望を示すからです。ハノイ市民の一人は次のように語りました。

（テープ）

「旧正月の3日目に、私たち母と娘は文字を求めにやってきました。娘は今年、小学1年生になります。親として、娘に新年に文字を求める伝統を身につけさせたいのです。」

書道家たちは、単に文字を与えるだけでなく、文字の深い意味も丁寧に解説します。 

約10年間にわたり、文廟・国子監で文字を与えていた書道家ゴック・ディンさんは、次のように語りました。

(テープ)

「新年にはだれもが幸福の文字を求めます。普段、多くの方はご家族にとって幸せで豊かで平和な一年となることを願って、『福』や『禄（幸運）』、『安』の文字を求めに来ます。書道は、書き方やレイアウト、内容などで示されるだけではなく、書道をお願いする人々にも伝統的な精神的価値をもたらすと信じています」

書道家により書かれた文字の姿は、芸術的な書道作品であるだけでなく、自らの心、個性、魂、創造性も表しています。書道は、文字を求める人の希望によって決まる場合もあれば、文字を求める人に対する書道家の考えによって決まる場合もあります。書道家グエン・バン・トゥさんは、次のように語りました。

(テープ)

「新年に『書』を求める風習は、継承すべき文化的伝統です。伝統は孝行と道徳であり、民族の根本です。ベトナム人は『尊師重道』という伝統を非常に重視し、子供たちに知識を身につけてほしいと思っています。「尊師」とは、教えを授け、指導し、知識や道徳を伝えてくれる先生に対する敬意と尊敬の気持ちを意味します。 「重道」とは、先生が教えた道徳や伝統的な価値を重んじ、それを守り、発展させることを意味します。ベトナム人の向学心の伝統は非常に貴重であり、大昔から伝わってきました」

文廟・国子監に足を運ぶと、文字を求めるだけでなく、書道家と交流する機会があります。こうした活動を通じて、ベトナムの書道の芸術的な価値を保存・発揮することが図られると期待されています。

新年に『書』をお願いする風習は、ベトナム人の向学心や『尊師重道』という伝統、および民族文化の美しさと良き伝統をも示しています。赤い紙の上に中国の墨で書かれた対句と祝福の句は、初春の願いを表す意味のある精神的な贈り物となっています。