10月14日午前、ホーチミン市内のレ・ティ・リエン文化公園で捜索・収容された731柱の戦没者遺骨が、ホーチミン市戦没者墓地に埋葬されました。
10月14日早朝、故チャン・フー元書記長の記念像、1968年テト攻勢・蜂起で犠牲となった英雄・戦没者の慰霊碑、英雄・戦没者であるレ・ティ・リエン氏とチャン・バン・キエウ氏の慰霊所などで献花・献香するレ・ミン・フン首相ら
ベトナム仏教協会ホーチミン市支部による祈りの後、1968年テト攻勢・蜂起で犠牲となり、レ・ティ・リエン文化公園で収容された731柱の戦没者遺骨の慰霊・追悼式
レ・ミン・フン首相、グエン・ミン・チエット、チュオン・タン・サン両元国家主席、グエン・タン・ズン元首相、グエン・ティ・キム・ガン元国会議長をはじめ、政治局員、党中央書記、各省・市の指導者、人民武装勢力英雄、退役軍人、戦没者遺族、宗教関係者、市民らが参列
英雄・戦没者を追悼するグエン・チョン・ギア大将を団長とする中央軍事委員会・国防省代表団。ギア大将は政治局員、党中央書記、中央軍事委員会常務委員、ベトナム人民軍総政治局長
献花・献香する第7軍区党委員会・司令部の代表団、ホーチミン市党委員会・人民評議会・人民委員会・ベトナム祖国戦線ホーチミン市委員会の代表団、同市の元指導者ら
式典会場で警衛にあたり、厳粛な雰囲気を保つ儀仗兵
英雄・戦没者の英霊に感謝の思いを込めて合唱するホーチミン市の芸術家ら
国旗で覆われ、ガラスケースで保護された731基の遺骨箱。ホーチミン市司令部が担架台に整然と安置
追悼式後、731柱の戦没者遺骨をホーチミン市戦没者墓地へ送り出す式に参列するレ・ミン・フン首相と党、国家、軍、ベトナム祖国戦線、ホーチミン市の現・元指導者ら
遺骨を車両へ運ぶチュオン・タン・サン元国家主席、グエン・チョン・ギア大将、グエン・タン・ズン元首相、チャン・ルウ・クアン・ホーチミン市党委員会委員長、グエン・ティ・キム・ガン元国会議長、戦没者遺骨の捜索・収容・身元確認を担当する国家指導委員会委員長のファム・ティ・タイン・チャー副首相ら
レ・ティ・リエン文化公園から墓地まで約26キロ。車列はチュオンソン通りに面した公園の門を出発し、ザンチュ・ロータリー、ディエンビエンフー通り、ハンサイン・ロータリー、サイゴン橋、ボー・グエン・ザップ通り、ハノイ高速道路を経て墓地へ向かう。写真はサイゴン橋
公園前の道路両側の歩道に並び、花を手に、出発する車列を敬意を込めて見送る市民。1968年テト攻勢・蜂起で犠牲となった英雄・戦没者に最後の別れ
白い花を手に、涙を浮かべながら731柱の戦没者遺骨を見送る高齢者や若者、青少年ら
通り過ぎる車列を名残惜しげに見つめ続ける人々。1968年テト攻勢から58年、戦没者たちは戦友と市民のもとへ
731柱の戦没者遺骨を沿道から見送る数千人の教員、生徒、学生
戦友を最後の安息の地へ送りながら、静かに涙を流す市民、退役軍人、幹部・兵士ら
追悼式に参列したテイニン省のグエン・ティ・レさん(79)。フイン・バン・クエン戦没者と深い縁があり、長い年月を経てその遺骨がようやく見つかったことに、「ようやくクエンさんを見つけることができました。皆さんが見つかり、国が丁重に埋葬してくださることをうれしく思います。昼夜を問わず捜索し、遺骨を連れ帰ってくださった方々に感謝しています。どうか安らかに眠ってください」と声を詰まらせる
レ・ミン・フン首相と党・国家の現・元指導者、儀仗部隊が、戦没者の遺骨箱を墓地中央の埋葬区域へ厳かに移送
英雄・戦没者の遺骨を埋葬区域へ運ぶ一行
英雄・戦没者の遺骨を埋葬区域へ運ぶ一行
厳粛な雰囲気の中で行われる英雄・戦没者遺骨の埋葬・納骨の儀式
遺骨箱を覆う国旗を外し、ゆっくりと墓へ納めるレ・ミン・フン首相。英雄・戦没者を母なる大地へ
深い感動に包まれて行われる英雄・戦没者遺骨の埋葬・納骨の儀式
10月15日午前、南部カントー市カイラン地区の戦没者墓地第2区域で、市515指導委員会は、カントー市軍事司令部の臨時戦没者遺骨捜索・収容隊と第9軍区政治部K90隊が収容した120柱の戦没者遺骨の慰霊・追悼・埋葬式を行いました。
国旗で覆われ、ガラスケースで保護された120基の遺骨箱。慰霊・追悼・埋葬式を前に担架台へ整然と安置
市戦没者墓地の慰霊碑と墓碑の前で献香し、民族解放、国家統一、祖国防衛のために犠牲となった英雄・戦没者に黙とうを捧げる参列者
献香し、弔辞を読み上げ、英雄・戦没者への深い感謝を表すカントー市人民委員会のレ・コン・リー常任副委員長
戦没者を母なる大地へ送り出すレ・ミン・チー政治局員・党中央書記・党中央内政委員長と、グエン・バン・ガウ党中央委員・中央軍事委員会委員・上将・国防次官・「戦没者遺骨の捜索・収容・身元確認を担当する国家指導委員会」(いわゆる「国家515指導委員会」)副委員長
カントー市515指導委員会によりますと、国家515指導委員会が展開する「戦没者遺骨の捜索・収容・身元確認を推進する500日キャンペーン」の一環として、遺骨試料採取チームは市内17か所の戦没者墓地で試料採取を完了しました。これまでに5,038基の墓を発掘し、遺骨の検体4,122点を採取しています。
厳粛に行われる納骨、墓のふたの設置、国旗を外す一連の儀式
120柱の戦没者遺骨の追悼・埋葬式。「水を飲む時、その源を思う」「恩に報いる」という民族の道理を改めて示し、現在と将来の世代に、英雄・戦没者の功績と大きな犠牲を常に心に刻むよう改めて促す場
同じ15日午前、北部トゥエンクアン省党委員会、人民評議会、人民委員会、ベトナム祖国戦線トゥエンクアン省委員会は、ヴィスエン国家戦没者墓地で、祖国防衛戦で犠牲となった93柱の戦没者遺骨の慰霊・追悼・埋葬式を厳かに行いました。
国の独立、主権、領土保全のために勇敢に犠牲となった人々に、同省の党組織、行政、武装力、各民族の住民が深い感謝の意を表す式典
式典の趣旨を説明し、出席者を紹介するトゥエンクアン省軍事司令部のグエン・ミン・コイ副政治委員・大佐
式典で読み上げられた弔辞では、北部国境防衛戦において、「世紀の石灰窯」「肉ひき機」「死の門の三差路」と呼ばれた地名が、過酷な戦闘の日々と多くの幹部・兵士の勇敢な犠牲とともに、民族の歴史に深く刻まれていると強調されました。この戦いでは4,000人以上の幹部・兵士が犠牲となり、9,000人以上が負傷しました。
遺骨が一柱見つかるたびに、人々の胸に感動と希望が生まれます。兵士が一人帰還するたびに、一つの家族が安堵し、長い歳月で隔てられた戦友との絆も再びつながります。祖国のために犠牲となった兵士を一人も忘れないため、戦没者遺骨の捜索・収容・身元確認は、今後もさらに強い責任感と決意をもって続けられます。
93柱の戦没者遺骨に黙とうを捧げ、追悼と感謝の意を表す参列者
追悼式の後、厳粛で深い感動に包まれる中、代表者や武装勢力の幹部・兵士、市民らが93柱の戦没者遺骨を見送り、ヴィスエン国家戦没者墓地に埋葬しました。
また15日午前、VOV東北部支局のタイン・ガー記者がハイフォン市ヴィンバオ村マイソン集落から伝えたところによりますと、早朝から多くの市民や戦没者遺族、武装勢力の幹部・兵士、青年団員、若者、生徒らがマーチア地域に集まり、抗仏戦争で犠牲となった戦没者や住民の遺骨、合わせて56柱の慰霊・追悼・埋葬式に参列しました。
白髪の高齢者から若者まで、幾世代もの人々が集まり、戦争による喪失と犠牲が刻まれた地で祖国の独立と自由のために命を落とした人々を追悼
追悼式と黙とうの後、戦没者と犠牲となった住民の遺骨56柱を隣接する埋葬地へ厳かに移送。中央、国防省、第3軍区、ハイフォン市の指導者らも式典会場から隣接する埋葬地まで遺骨箱を直接運ぶ。移動距離はごく短いものの、儀式は終始厳粛に行われ、抗仏戦争で犠牲となった人々への敬意と感謝を表す
56基の遺骨箱を一つずつ墓へ。参列者と戦没者遺族が線香を手向け、花びらと土を入れて最後の別れ
マーチア地域に70年以上眠っていた戦没者と犠牲となった住民は、ハイフォン市の党組織、行政、市民の深い感謝に包まれ、今回、厳かに埋葬されました。
全国各地で行われた戦没者遺骨の追悼・埋葬式は、極めて神聖で、政治的・人道的にも深い意義を持つ行事です。感謝の精神を社会に広く伝えるとともに、幅広い層の人々、とりわけ若い世代に革命の伝統を伝える機会となっています。