ベトナム初の総選挙の今日的意義

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1946年1月6日の総選挙

1946年1月6日に行われた総選挙はベトナム民主共和国の初の国会議員を選出しました。これは19世紀の半ばから1世紀にわたり、フランス植民地主義者の支配に置かれていた状態から、国の主人公になった当時のベトナム国民にとって重要な節目となりました。

総選挙が行われた当時、中部と南部で、フランス軍はベトナム南北を長期に分断させるため、戦争を拡大させました。北部は同盟軍という名目で、蒋介石軍はベトナムを侵略していた日本ファシストの武器解除のため、ベトナム入りました。しかし、各地の住民は依然としてベトミン、いわゆる、ベトナム独立同盟会を支持していました。

総選挙における民主性

総選挙が行われる1週間前、選挙規則と候補者名簿が当時の「救国」 ( Cuu quoc) 新聞に公表されました。選挙規則には成人の男女は普通選挙権があり、直接投票、無記名投票とされました。民族大団結を強化するため、ホーチミン主席とベトミン指導部はベトミンのメンバー以外の人々も立候補できるという規則にしました。この決定は人民の民主権と自由権の尊重、すべての人々の知恵や力を活用したいという主張が込められています。当時、ホーチミン主席は「総選挙は国民全体が国の仕事を担うため、才能と道徳を兼ね備えた人物を自由に選ぶチャンスとなる。総選挙では国のために貢献する意向がある人ならば、誰もが立候補できる。ベトナム国民ならば、すべてが選挙に参加できる。だから、総選挙とは自由、平等、民主主義、団結といえるだろう」と述べました。ベトナム祖国戦線所属研究所のブイ・スアン・ドゥク ( Bui Xuan Duc) 元所長は次のように語りました。

(テープ)

「この総選挙はベトナムで初めてでましたが、自由権が十分に確保されるという新しい選挙規則が尊重され、実施されました。これはどんな民主共和国でもできる成功ではありません。私たちは民主的な選挙規則を履行しました。総選挙に関する宣伝活動は幅広く実施されました。」

この初めての総選挙は全国の有権者およそ89%が投票を行い、333人の国会議員が選出されましたが、その中の57%は各政党からのもの、43%は無所属、87%は労働者、農民、革命戦士などの代表でした。このように、国会は労働者や農民から知識人、商人まで各部門、機関、階級の代表を集めました。また、国会議員にはキリスト教、仏教、カオダイ教など各宗教の信者がいる他、多数民族の人々だけでなく、各少数民族の人々もいます。

民主体制を構築する前提

ベトナム民主共和国の初の総選挙は民族大団結の力を示すだけでなく、ベトナムの発展事業に新しい時代を切り開きました。ベトナム祖国戦線所属研究所のブイ・スアン・ドゥク ( Bui Xuan Duc) 元所長はさらに次のように語りました。

(テープ)

「総選挙の実施により、国会、政府が発足された他、憲法も制定されました。総選挙は国民の民主権の尊重を示しました。ホーチミン主席が述べた通り、かって、我々は民主権を持たなかったが現在、民主権を履行するための憲法と国会があるということです」

1946年1月6日のベトナム民主共和国の初めての総選挙からおよそ70年が経ちますが、当時の総選挙の価値はそのまま守られています。その価値は現在のベトナム国会の運営や発展に引き続き活用されてゆくことでしょう。


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