ハノイの中心部に位置するキンティエン殿は、タンロン皇城に残る宮殿遺構の中でも、最も重要なものの一つです。リー朝やチャン朝時代の宮殿跡の上に、レー朝が新たな正殿として建設したのがキンティエン殿です。ここは皇帝の居所であり、皇帝の即位式や大朝礼、外国使節の接遇など、国家にとって最も重要な儀式が執り行われた場所でした。ベトナム科学協会の副会長、グエン・クアン・ゴック教授・博士は、次のように説明しています。
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「1428年、レー・タイ・トー王はドン・クアン城を包囲し、降伏させた後、城内に入りました。そして、まさにこの場所に、王朝で最も重要な正殿としてキンティエン殿を建設しました。この正殿は、リー・タイ・トー王の時代に始まった正殿の伝統を受け継ぐものです。キンティエン殿は天地の中心であり、ベトナム民族の中心でもあります。ベトナムの歴史と文化を象徴する、最も重要な存在なのです」
殿の前には大朝礼の広場があり、文官と武官が官位に応じて整列し、朝廷の儀式に参加しました。端門からキンティエン殿へとまっすぐ延びる御道は、タンロン皇城全体の中心軸を形成していました。長い歴史の変遷を経て、現在残っているのは、高さ約3メートルの基壇と、レー朝時代の特徴的な龍の彫刻が施された2組の石段のみです。この石段は、国宝にも指定されています。
ユネスコ=国連教育科学文化機関の勧告に基づき、2011年、2023年、2025年、2026年に実施された考古学調査では、多くの重要な遺構や遺物が発見されました。ベトナム考古学協会のトン・チュン・ティン会長は、次のように分析しています。
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「キンティエン殿の基壇は、長方形だったと断言できます。平面は複数の区画に分かれていました。現在確認されている柱の基礎から、9つの間を持ち、10列の梁組みで構成されていたことが分かります。それぞれの梁列は、6本の柱で支えられていました。これは、ベトナム建築史上、最大規模の建築物です」

キンティエン殿の基壇と基礎は、ベトナムの宮廷建築の伝統的な規範を示すとともに、儒教思想が建築に取り入れられていたことを物語っています。建物の木造骨組みには、ベトナムで「リム」と呼ばれる高級木材が使われ、すべての柱は礎石の上に据えられていました。皇城研究所の元所長、ブイ・ミン・チー准教授・博士は、次のように述べています。
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「私たちは、ベトナムのレー初期と中国の明初期における屋根瓦の種類を、一つ一つ詳しく研究してきました。その結果、非常に確かな証拠が得られています。これは独特な瓦で、ベトナムにしか見られず、東アジアのほかの国には存在しません。この瓦は、レー初期のタンロン皇城におけるキンティエン殿の屋根の独自性を示しています」

15年にわたる研究と、ユネスコの支持を得るための取り組みを経て、キンティエン殿の保存・修復・復元事業が正式に着工しました。タンロン・ハノイ遺産保存センターによりますと、キンティエン殿の正殿の復元計画は、国内の科学的な審査手続きと、ユネスコおよび国際記念物遺跡会議(ICOMOS)の勧告を踏まえ、慎重に検討されてきました。最大の目標は、遺産を保全するとともに、その顕著な普遍的価値をさらに高めることです。
キンティエン殿の保存・修復・復元は、単に一つの建築物を再現する事業ではありません。ハノイ市の総合計画における100年先を見据えたビジョンを基盤に、2035年までのタンロン皇城の中心軸構想を実現するための、重要な第一歩でもあります。