それから65年、ベトナムは被害への対応を続け、被害者への支援や環境の修復を進めるとともに、戦争が残した傷を癒やすため、国際協力にも力を入れてきました。

この65年は、国として被害者を支え続けてきた歩みであると同時に、過去の対立を乗り越え、国際協力を積み重ねてきた歩みでもあります。

被害克服に向け力を結集

枯葉剤・ダイオキシンが人々の健康と環境に与えた影響は深刻で、数十年がたった今も、その影響は多くの家庭に及び続けています。

ベトナムが公表したデータによりますと、およそ480万人が枯葉剤・ダイオキシンにさらされ、このうち、およそ310万人が被害者とされています。健康への影響は世代を超えて続く可能性があります。

こうした数字の背後には、一人ひとりの被害者の生活があります。

中部クアンチ省に住む枯葉剤・ダイオキシン被害者のグエン・タン・ダウさんは、次のように話します。

(テープ)

「私は1968年から1971年まで、第5軍区の戦場で活動しました。私自身、枯葉剤・ダイオキシンの影響を受け、いくつもの病気を抱えています。現在は性機能にも障害があります。10人の子どもが生まれましたが、5人は亡くなり、1人には先天性の障害があります」

化学物質による戦争被害への対応は、長期にわたる課題です。このためベトナムは、被害者を支える制度を段階的に整えてきました。

1998年以降、国会常務委員会は、革命功労者への支援制度に関する法令を3度にわたって制定し、戦争に参加して化学物質の影響を受けた人やその実子も対象としてきました。

政府や関係省庁も、給付金の支給、医療やリハビリ、職業訓練、生計支援、生活環境の改善など、さまざまな支援策を実施しています。

こうした政策は経済的な支援にとどまらず、被害者とその家族が生活を安定させ、社会に参加し、自立していくための環境づくりにもつながっています。

公的な支援と並行して、ベトナム枯葉剤・ダイオキシン被害者協会は長年、国内外の団体や個人とともに、被害者への支援を呼びかけ、社会の理解を広げるほか、被害者の権利回復や公正な解決を求める活動を続けています。

同協会のファム・スアン・フン副会長で、ベトナム枯葉剤・ダイオキシン被害者基金の責任者は、次のように述べました。

(テープ)

「被害者のために公正な解決を求める活動は、非常に困難で時間のかかるものです。現在、私たちは、フランスとベトナムの国籍を持つ枯葉剤被害者のチャン・トー・ガーさんを支援しています。ガーさんは、被害者の権利回復を求めるとともに、ベトナム戦争で使用された化学物質がもたらした被害について、アメリカの化学製薬会社の責任を追及しています。私たちは、この取り組みが長期にわたるものになると考えています」

国際協力を推進

戦争が残した被害は規模が大きく、複雑で、一国だけですべてを解決することはできません。

このためベトナムは、国内の取り組みに加え、各国政府や国際機関、市民団体、研究者、それに世界各地の支援者との協力を積極的に進めています。

国際協力は、被害者への支援、障害のある人のケアやリハビリ、汚染対策、環境の修復など幅広い分野に及んでいます。

かつて戦争で敵対したベトナムとアメリカも、長年にわたって協力を積み重ねてきました。戦争が残した課題への対応は、両国の信頼を築く重要な分野の一つとなっています。

その象徴の一つが、ダイオキシン汚染が深刻な地域の浄化です。

ダナン空港では、32.4ヘクタールの土地の処理が完了し、2018年に引き渡されました。

ビエンホア空港では、2020年から2030年にかけてダイオキシン汚染土壌の処理事業が進められており、アメリカは1億8300万ドルの支援を約束しています。

2025年9月15日には、処理を終えたおよそ6ヘクタールの土地が引き渡されました。

この引き渡し式で、当時のマーク・ナッパー駐ベトナムアメリカ大使は、両国による取り組みの意義について次のように述べました。

(テープ)

「きょうは、3つの重要な節目を共に迎える、非常に意義深い日です。1つ目は、ダイオキシンの浄化を終えた6ヘクタールの土地の引き渡しです。2つ目は、障害のある人への支援事業を拡大するため、3200万ドルを追加する文書への署名です。そして3つ目は、残る汚染土壌の処理をより迅速かつ効率的に進めるための、新たな熱処理施設の着工です。こうした取り組みには大きな意味があります。戦争が残した課題に対応するための協力は、両国の友好関係とパートナーシップを支える土台であり、信頼を築き、和解を進めることにつながってきたからです」

アメリカ軍がベトナムで除草剤の散布を始めて65年。枯葉剤・ダイオキシンが残した被害への対応は、今も続いています。

戦争が残した傷に対し、ベトナムは傷を癒やす道を選び、過去の対立を乗り越えて協力を進めてきました。

65年の節目は、過去の痛みを振り返り、平和の尊さを改めて見つめるとともに、過去の傷を癒やし、未来を築く意味を考える機会となっています。