ファム・ガック氏

この協定はベトナム戦争終結につながり、政治の面でも外交の面でもベトナムの大きな勝利となりました。ベトナム外務省国際組織局のファム・ガック元局長はパリ和平協定に関する交渉のほとんどの公開会議や秘密会議に通訳として参加しました。ガック氏によりますと、アメリカは、ヘンリー・キッシンジャーやウィリアム・アヴェレル・ハリマンなどベテラン外交官の巧みな工作と北部への激しい空爆をはじめとする戦場での大きな作戦を利用して、交渉でベトナムに大きな圧力をかけました。しかし、ベトナム側の交渉団が知恵を絞るとともに、戦場での勝利を利用した結果、パリ和平協定が締結されたとしています。ガック氏の話です。

(テープ)

「パリ和平協定の交渉では、アメリカとベトナム民主共和国との会議は重要で、数百回にわたって行われました。アメリカは大国ですが、常にベトナム側を尊重する姿勢を示しました」

なお、パリ和平協定の締結に至るまでの交渉は1968年から1973年まで5年にわたって行なわれ、世界の外交の歴史においてもかつてないほど長いものとなりました。この間、201回の公開会議、45回の秘密会議、約500回の記者会見、約1000回のインタビューが行なわれました。パリ和平協定の交渉はベトナムとアメリカとの機知に富んだ戦いであると言われてきました。結局、外交の歴史が浅かったものの、正義の声を代表するベトナムは勝利を獲得しました。