建議書では、サイゴン市を「ホーチミン市」に改称するよう提案しました。
この歴史的な提案からおよそ30年後の1975年4月30日、南部は完全に解放されました。翌1976年7月2日、第6期国会は、サイゴン・ザーディン市を「ホーチミン市」と改称する決議を正式に採択しました。
これは、地理的、政治的、精神的な各面で、祖国の完全統一を象徴する歴史的な節目となりました。統一への願いは、30年前のこの提案にすでに込められていました。
ホーチミン市歴史科学協会副会長のハー・ミン・ホン副教授・博士は、次のように述べています。
(テープ)
「1976年7月2日、国会は丸一日をかけ、国家体制の面から祖国統一を完成させるため、重要な決定を相次いで行いました。国名、国歌、国旗などを決定するとともに、サイゴン・ザーディン市を『ホーチミン市』に改称することも決議しました」
ホー・チ・ミン主席の名を正式に冠してから半世紀にわたり、ホーチミン市はさまざまな分野で先導的な役割を果たし、その地位を確かなものにしてきました。
新たな発展の時代を迎えた今、ホーチミン市は引き続き先駆的な使命を担っています。ベトナム最大の経済都市として国の成長をけん引するだけでなく、新時代におけるベトナムの力強い飛躍への強い願いを象徴する存在でもあります。