参加者は、国内の歴史資料、機密解除されたアメリカ軍資料、作戦図、軍用航空写真、各時期の収容データ、現地調査の結果、さらに歴史の証人や地元住民からの情報を照合しました。
分析の結果、この地域は、1972年5月26日未明の戦闘で、第308師団第88連隊第6大隊第9中隊の兵士らが犠牲となった場所である可能性が高いとされています。また、集団埋葬地や、戦闘で犠牲となった幹部・兵士の遺骨が残されている可能性もあります。
クアンチ省人民委員会のレ・バン・バオ副委員長は、次のように述べました。
(テープ)
「証人、退役軍人、そして残された歴史資料からの情報に深く感謝しています。今回の会議は非常に重要で、科学的な意味を持つものです。ここで得られた情報をもとに、どの情報、どの地点に最も確かな根拠があるのかを確認し、捜索を進めるとともに、疑いのある地点をさらに広げて調べていきます」
現在の資料では、この地域でこれまでにおよそ29体の烈士遺骨が捜索・収容されたことが示されています。
