1974年、仏社会党に入党し、81年に発足したミッテラン政権で経済財務相に就任しました。積極財政を指向したミッテラン氏に対し、物価上昇を抑えるため緊縮政策導入を主導するなど現実路線の「第2の左翼」が存在感を高める上で重要な役割を果たしました。
ドロール氏の政治力はミッテラン氏の警戒を招き、仏政界を追われる形で85年、欧州共同体(EC)の執行機関・欧州委員会の委員長に転じました。10年間の欧州委員長時代には、EC域内での人やモノ、サービス、資本の移動自由化を目指し、EC市場統合への道を開く欧州単一議定書の採択を実現しました。(yomiuri.co.jp)
