日本の村山富市元首相(写真:REUTERS/Toru Hanai)

94年当時、村山氏は社民党の前身である社会党の委員長で、羽田内閣総辞職後の同年6月、自民、社会、新党さきがけの3党による連立政権樹立の合意を受け、第81代首相に就任しました。社会党出身の首相は片山哲氏以来、2人目でした。

戦後半世紀にわたり対立関係にあった自民、社会両党の連立政権の誕生は、その後の政界再編に大きな影響を与えました。

首相就任後、村山氏は日米安保体制の堅持や自衛隊の合憲、日の丸・君が代の容認などを表明し、社会党の基本政策を転換しました。戦後50年に当たっては「痛切な反省」や「心からのおわびの気持ち」を明記した首相談話を発表し、被爆者援護法の制定など戦後処理問題にも取り組みました。95年1月の阪神大震災では、危機管理対応に批判が集中しました。

96年1月には首相退陣を突然表明しました。退陣後は社会党委員長に再選され、党の名称を社民党に変更するなど党勢の立て直しを目指しました。

2000年6月に政界を退きました。(共同通信)