ウクライナ政府は先月22日、EU=欧州連合加盟への第一歩となるAA=連合協定締結に関する作業を停止すると発表しました。旧ソ連諸国の経済統 合を優先課題とするロシアが自国陣営に引き込むことを狙い、圧力を強めてきた経緯があります。
2013年中にベトナム国会は、国の政治的生活に大きな影響をもたらす複数の重要な活動を行ってきました。
12日、モスクワのクレムリンで、ロシアのプーチン大統領は政府幹部や上下院の議員らを前に外交と内政における優先的な政策や方針を示す年次教書演説を行いました。
国交が樹立してから、ベトナムと日本との関係は絶え間なく発展しており、相互信頼と全面的協力が両国国民の貴重な財産と見られています。近年、両国は政治、外交、経済、人材育成など全ての分野で、互いに重要なパートナーとなっています。
式の最中にはアメリカのオバマ大統領がキューバのラウル・カストロ国家評議会議長と握手を交わすという異例の一幕もありました。
12月10日の世界人権デーにあたり、10日付のベトナムの各有力新聞はファム・ビン・ミン副首相兼外相が執筆した「ベトナムの一貫した政策は人権の擁護と促進」と題する記事を掲載しました。
9日付のベトナム新聞各紙は、改正憲法の意義と特別重要性というグェンシンフン国会議長兼憲法改正委員長の投稿文を掲載しました。
第13期国会第6回会議で採択された土地法改正案には、多くの新しい点があります。2014年7月に発効されるこの改正案は、土地の管理と土地資源の無駄使いを防ぐためのものです。
中国がADIZ=防空識別圏を設定・発表したことにより地域情勢の緊張が増 している背景の中で行われたこの歴訪はその緊張の緩和に寄与すると期待されています。しかし、実際の動きから見れば、その目的が達成しにくいと評されてい ます。
既にお伝えしましたように、先頃、第13期国会では、97,59%の得票率で改正憲法が採択されました。
タイの反政府デモは、インラック首相の退陣や首相の兄・タクシン元首相の影響力の排除を求めていてデモの本格化から1週間が経ちました。
2日、グェン・シン・フン国会議長は、およそ500人の国会議員、及び9千万人あまりのベトナム国民を代表して、ベトナム社会主義共和国の新憲法に署名しました。
29日、第13期ベトナム国会第6回会議が議事日程より1日早く閉幕しました。会議では、改正憲法、改正土地法などが採択されました。会議の結果は2011・2015年期の5カ年計画の遂行に寄与すると同時に、向こう数年間の国の発展事業の前提を作り出しています。
既にお伝えしましたように、28日、ハノイで開催中の第13期国会第6回会議では、ベトナムの1992年憲法改正案が賛成大多数で採択されました。新憲法は2014年1月1日に発効します。今回の憲法改正の目的は新段階における国の発展事業の需要に応えるということです。
イランと欧米など6カ国は24日未明、ジュネーブでのイラン核問題をめぐる協議で歴史的な合意に達しました。イランがウラン濃縮活動を制限する見返りに、経済制裁が一部緩和され、イランと西側の対立解消に向けた第一歩となる可能性があります。
タイ国会で7日、与党・タイ貢献党が提出した恩赦法案の審議が始まり、野党・民主党などは、海外で事実上の亡命生活を送るタクシン元首相の帰国を狙うものだと反発し、2000人以上が抗議行動を展開しました。タイを二分する親、反タクシン両派の対立が再び先鋭化しています。
先頃開かれた第11期ベトナム共産党中央委員会第8回総会は、国の工業近代化と国際社会への参入に応えるため、ベトナム教育養成の基本的かつ全面的刷新へ向けた重要な方向を盛り込む決議を採択しました。
21日、ハノイで開催中の第13期国会第6回会議の一環として行われた閣僚による質疑応答が3日間の議事日程を終えました。質疑応答には国の差し迫った問題が取り上げられました。
ベトナムとモンゴルは1954年11月11日に外交関係を樹立しました。1955年7月にホーチミン主席はモンゴル公式訪問を行いました。そして、1959年9月には、当時のモンゴルのユムジャーギィン・ツェデンバル首相がベトナムを訪問しました。
ポーランドの首都ワルシャワで開催されている、COP19第19回国連気候変動枠組条約締約国会議、及びCMP9第9回京都議定書締約国会議の1週目が終了しました。